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高松琴平電気鉄道70形電車 (初代) : ミニ英和和英辞書
高松琴平電気鉄道70形電車 (初代)[たかまつことひらでんきてつどう70がたでんしゃ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [たか]
 【名詞】 1. quantity 2. amount 3. volume 4. number 5. amount of money 
: [まつ]
 【名詞】 1. (1) pine tree 2. (2) highest (of a three-tier ranking system) 
: [きん, こと]
 【名詞】 1. koto (Japanese plucked stringed instrument) 
: [たいら, ひら]
 【名詞】 1. the broad 2. the flat 3. palm
電気 : [でんき]
 【名詞】 1. electricity 2. (electric) light 
: [げ, き]
  1. (suf) (uk) seeming 2. giving the appearance of 3. giving one the feeling of
: [てつ]
 【名詞】 1. iron 
鉄道 : [てつどう]
 【名詞】 1. railroad 
: [けい, かたち, ぎょう]
  1. (suf) shape 2. form 3. type
電車 : [でんしゃ]
 【名詞】 1. electric train 
: [くるま]
 【名詞】 1. car 2. vehicle 3. wheel 
: [はつ]
  1. (n,adj-no,n-suf) first 2. new 
初代 : [しょだい]
 【名詞】 1. first generation 2. founder 
: [よ, しろ]
 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation 

高松琴平電気鉄道70形電車 (初代) ( リダイレクト:高松琴平電気鉄道60形電車 ) : ウィキペディア日本語版
高松琴平電気鉄道60形電車[たかまつことひらでんきてつどう60がたでんしゃ]
高松琴平電気鉄道60形電車(たかまつことひらでんきてつどう60がたでんしゃ)および70形電車(初代)(70がたでんしゃ)は、高松琴平電気鉄道が保有していた電車である。60は両運転台の制御電動客車、70は片運転台の制御客車。もと東京急行電鉄品川線・湘南線(現、京浜急行電鉄)サハ5100形、デハ5100形および厚木線(現、相鉄本線)クハ3140形で1948年に入線した。のちに、他社から購入した車輌および他形式から編入により、最大時で10両が在籍したが、木造車や簡易鋼体化車(ニセスチールカー)は1960年代に廃車、残った車両も近年廃車が進み、2007年11月4日に同形式としては最後の車両である、65号のサヨナラ運転が行われ、全車消滅した。
==車輌来歴==

===61~65、71~73(もと東京急行電鉄クハ5100、クハ3140)===

1913年天野工場。京浜電気鉄道が製造した29号形・32号形・36号形である。形式はことなるが車体はほぼ同じで、木造で両運転台の電動客車。客用扉はなく、オープンデッキの軌道線タイプの車輌であった。
のちに、鉄道線専用にステップの廃止と連結器の取りつけが行われた。更に、1930年代後半にオープンデッキ部および車体中央に外側式の引扉を新設している。また28号形は制御車に、32号形は附随車になった。
1941年に京浜が東京横浜電鉄に合併し東京急行電鉄となった際には、ク29形はクハ5220形、ク32形はサハ5100形、デ36形はデハ5100形に改称された。このうちクハ5220形は1945年から東急に経営委託された相模鉄道(東急厚木線)に転属し、クハ3140形となった。
戦後、運輸省63形の割り当てを受けた東急は、見返りの供出車の一つに5100形と3140形を選定した。このうち7両を高松琴平電鉄が譲りうけ、1948年に入線した。うち、4両が電動車に改造され長尾線・志度線の60形61~64に、3両は制御車になり、長尾線・志度線用の70形71~72と琴平線用の15000形1510となった。なお、1510は1955年に長尾線・志度線に転属し70形73に改番・編入されている。
しかし、木造である上に戦後混乱期の酷使により車体の疲弊が激しかった。そのため1950年代に入ると、各車各様の補強工事を受けることになる。先ず63が前面のみを簡易鋼体化、続いて61・64・71・1510が前面・側面ともに簡易鋼体化を受けている。これらは木造車体に鋼板を張っただけのいわゆる「ニセスチールカー」だった。
次に施行された62は、最も状態が悪かったため、1953年に今橋工場で台枠のみを拡幅の上で流用して車体を新造した。1952年製の10000形の流れを汲む側面2扉・ノーシル ノーヘッダーで、前面は当時の1010形と同じく非貫通2枚窓である。窓配置はd2D6D2、パンタグラフは高松築港・志度側に取り付けられた。
最後まで未改造だった72も1960年に車体を新造した。同時に電動車に改造され、60形65に改番されている。車体はやはり側面2扉であるが、上段Hゴム支持のいわゆるバス窓を客用窓に採用し、前面は貫通扉つき、また張上げ屋根となっている。窓配置とパンタグラフの位置は62と同じだが、長さはこちらのほうが若干長い。
1966年の志度線の架線電圧昇圧に際し、簡易鋼体化車は1968年までに廃車された。一方で、車体新造の62・65は昇圧改造を受けた。なお、1981年には62の前面を貫通扉つきに改造している。
1994年、瓦町駅近代化に伴う志度線分断により、62は長尾線、65は志度線の所属となった。
600形・700形の増備に伴い、62が2002年12月に廃車になった。引退に際し、同時に廃車になった67と共に旧塗装の茶色とクリーム色に戻され、さよなら運転を行っている。
その後、高松空港に隣接する「さぬきこどもの国」に保存され、休憩室として利用されている。状態は良好である。なお、基本的に車内は現役当時のままであるが、つり広告を撤去し、60形の写真が掲示されている。
一方、65は志度線分断の時点で850形850とほぼ固定編成で使用されていたが、600形の入線に伴い1998年に850が廃車になったあとは、主に朝夕の増結用になり、稼働率は大きく下がった。2005年に車体塗装が赤とクリーム色から、茶色とクリーム色の旧型車標準色に変更されている。
65は2006年10月600形800番台の転入に伴い長尾線に転属し、この時に方向転換されジャンパ栓が付けかえられた。2007年8月からは動態保存車となっていたが、台枠の傷みが激しくなったため11月4日さよなら運転を実施し、廃車となり解体されている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「高松琴平電気鉄道60形電車」の詳細全文を読む




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